今も昔も 振り向けばいつも 第2回


どきっと。ひやっと。もやっと。

「忘れものをしないようにしましょうね」  

僕が小学生の頃、朝の会や帰りの会の時間、先生はそんなことを口酸っぱく話していた。

『当たり前なこと言わないでよ』と聞き飽きた態度で、僕は子供ながら内心思い抱いていたけれど、
大人になった僕は、誰よりも常習犯。何かしらを忘れては周囲を困らせている。  

僕が住んでいる家は駅から徒歩15分ほどかかる。とにかく坂が多くて、道なりが険しい。

友達が遊びに来るときは決まって「なんなのこの道なりは!」と文句のひとつやふたつ吐き捨てられる。

「最近はもう慣れたぁ~」と周囲には正当化しているが、今考えてみると、正直歩くことは気怠い。

地味に長い道なりを、夏場は暑いし、冬場は寒いし。凄く嫌だ。  

僕はこれを『魔の15分』と呼んでいる。

そんな魔の領域で忘れ物に気付こうものなら、ムンクの叫びにも負けない表情を浮かべることができるだろう。

『よし! ようやく駅に到着だ!』
と浮足立っていたのに、携帯を忘れた瞬間の、まるで心臓を掴まれたような『どきっ』という苦しさ。  

忘れたことによって
『また15分かけて家に戻って、また15分かけて駅まで歩いて、
でも、そうすると仕事に遅れるし、そもそも、あの面倒な道なりをまた戻るだなんて! 心身が削られていく。
でも、携帯を忘れれば仕事にならないし、周りに迷惑かけちゃう、、、!』
という想像が脳内を勢いよく巡り『ひやっ』と。

『そもそも携帯は家にあるのか? 実は持ってきていて、道の途中で落としてしまったのでは? 
取りに戻らず仕事場へ行き、帰宅して、もし家に無かったときはどうしよう。
メールは? 電話は? 友達や恋人にまた怒られちゃうよ~』
と『もやっ』と。

 この『どきっ』と『ひやっ』と『もやっ』とした瞬間って、とても苦手で、
今日という1日がそれらの大半を占め気が気ではなくなってしまい仕事も手に付かない。

仕方がなく我慢して一日を過ごし、家に帰宅して、
携帯が暗いテーブルにポツンと置かれているのを確認すると、胸の奥につっかえたものたちが自然と消えていく。

その代わりに疲労がどっと押し寄せてソファへ横になってしまう。

「これに懲りて、もう忘れ物なんてしないぞ!」
な~んて1日の終わりに、そう心に誓うはずなのに、気付いたら毎回同じことを繰り返す。

「忘れものをしないようにしましょうね」
 目を閉じて思い出すのが先生の口酸っぱいお言葉。

あの時の聞き飽きた態度で過ごしている僕が目の前にいたらきっと頭を叩いているだろう。

さすがは先生。御見それします。


國中玲